大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和42年(行ツ)9号 判決

上告人(原告) 小谷康男

右訴訟代理人弁護士 磯崎良誉

右訴訟代理人弁理士 福田為勝

同 工藤吉正

被上告人(被告) 山西房枝

右訴訟代理人弁護士 大村金次郎

右訴訟代理人弁理士 樺沢義治

同 樺沢襄

同 樺沢惇

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人磯崎良誉、同福田為勝の上告理由第一点について

原判決は、その挙示の証拠に基づき、「つぶ」という語は、高知地方において、古くから、上告人主張の形状のもののほか、種々の飴菓子を意味する地方的な言葉として、広く使用されて今日に及んでいる事実を肯認しうるとし、引用商標のうち「つぶ」の文字は、けっきょく、その指定商品である飴菓子を指称するものにほかならず、したがって、右引用商標のうち、取引者、需要者の注意をもっとも強く引く部分は「松魚(カツヲ)」の文字部分であり、その結果、引用商標からは、一般に「松魚(かつを)」の観念をも生ずるものと認めるを相当とするとしたもので、原審の右認定判断は、当裁判所もこれを相当として是認すべきものと考える。

論旨は、商標の有する観念を、その外観や称呼と切り離し、それらと無関係に理解することは適当でないと主張するところ、かかる見地を是認しうる場合のあることも認めえないではない(当裁判所昭和三九年(行ツ)第一一〇号同四三年二月二七日第三小法廷判決、民集二二巻二号三九九頁参照)が、原判決は、本件登録商標が観念の点において引用商標と類似である以上、商標全体として両者は類似するというを妨げないとしたものであることが、その判文上明らかであり、本件においては、その判断は相当として是認することができる。また、論旨は、原審が本件登録商標および引用商標から抽出した「かつを」という観念はきわめて適用範囲の広い観念であって、「かつを」、「カツヲ」、「カツオ」あるいは「鰹」の語は、飴菓子を指定商品とする場合においても、特別顕著性なしとして登録を認められないものであると主張するが、右の「かつを」等の語は魚の普通名称であるにせよ、本件登録商標または引用商標の指定商品につき、「其ノ商品ノ普通名称」たるものではないから、これに特別顕著性なしとは断定し難いのであって、飴菓子を指定商品とする場合においても特別顕著性なしとする所論は、たやすく採用しえないものといわなければならない。論旨は、さらに、本件登録商標および引用商標から生ずる観念が、ともに「かつを」という同一種類の観念に属するとしても、両者が季節によって区別されうる以上、混同の虞れがないから類似しないと主張し、諸種の登録例を挙げるが、本件両商標からともに「かつを」の観念を生ずるとしながら、その混同を生ずる虞れがないということはできず、また、商標の登録出願の許否は、その出願時ないし登録時の社会事情等を考慮して決定されるものであるから、所論のような登録例があるからといって、本件においても、ただちに同一の結論に達しなければならないものということはできない。

原判決に所論の違法はなく、論旨は採用しえない。

同第二点について

論旨は、本件登録商標は、そのうち「土佐自慢」の四字について権利を要求していないとはいえ、全体として「土佐自慢初鰹」の六字をもって構成されるものであるのに、原判決が権利不要求部分をまったく判断の対象から除外し、もっぱら「初鰹」の二字につき引用商標「松魚(カツヲ)つぶ」との類否を判断したのは違法である、と主張する。

引用商標等において権利不要求の部分がある場合においても、商標の類否の判定は、当該権利不要求部分をも含めて全体としてなされるべきことは、所論のとおりであるが、本件の審理の経過に徴すれば、原判決がとくに右権利不要求部分に触れるところがないのは、上告人においてこの点を取り上げて論ずるところがなかったことによるにすぎず、権利不要求部分をとくに除外して判断した趣旨でないことは、その判文全体を通読して窺うに難くなく、所論権利不要求部分を含めた趣旨においても、原判決の判断を支持することができる。

原判決に所論の違法はなく、論旨は採用しえない。

上告代理人工藤吉正の上告理由第一点および第二点について

第一点(2) に原判決の判示部分として引用するところは、原判決が被上告代理人の主張として摘示したものにすぎず、なんら原審の判決理由をなすものではない。また、原判決は、本件登録商標は観念において引用商標と類似であり、したがって両商標が互いに類似するものである以上、上告人の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当であるとしたものであることが、その判文上明らかで、第二点(2) の所論は、これを正解せざるに出たものである。

以上により、第一点(2) (3) および第二点(2) の所論は、その前提を欠くものであって、採用のかぎりでなく、その余の論旨の採用しえないことは、前記上告代理人磯崎良誉ほか一名の上告理由第一点につき説示したとおりである。

上告代理人福田為勝の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は相当で、その過程にも所論の違法は認められない。論旨は採用しえない。

同第二点について

論旨の採用しえないことは、前記上告代理人磯崎良誉ほか一名の上告理由第一点につき説示したとおりで、所論引用の出願公告例もなんら右の結論を左右するに足りない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三)

上告代理人磯崎良誉、同福田為勝の上告理由

当代理人らの上告理由は、原判決には、後記第一点及び第二点記載のとおり、旧商標法第二条第一項第九号の規定の解釈、適法を誤ったか、然らずとすれば、商標の類否につき経験則違背の事実認定をした違法があり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるというにある。

第一点

一、原審は、「引用商標『松魚(カツヲ)つぶ』のうち『つぶ』の文字は、結局、その指定商品である飴菓子を指称するものに他ならず、したがって、右引用商標のうち、取引者、需要者の注意を最も強く引く部分は、『松魚(カツヲ)』の文字部分であり、その結果引用商標からは、一般に『松魚(かつを)』の観念をも生ずるものと認めるを相当とする。よって、『初鰹』と『かつを』とが観念の点において、本件審決が認定するように類似であるかどうかについて審案するに、『初鰹』の語は、初夏新緑の候、一般の人々の食膳にのぼる新鮮、美味な鰹を意味するものとして、古くから、われわれ日本人にさわやかな季節感をもって用いられてきた語であることは、顕著な事実であるが、この語によって表現されるところは、このような季節感をもった鰹として、一般に『かつを』の語のもつ観念に包含されるものとみるのが相当であり『初鰹』も生物学的な意味において『かつを』に他ならないのみならず、一般社会通念においても、また『かつを』の観念に包含されるものといわざるを得ない。」と判断した。

二、(一) 一記載の原判決の判断の内容を分析すると、(1) 本件引用商標「松魚(カツヲ)つぶ」の要部は「松魚(カツヲ)」の部分であり、(2) 「松魚(カツヲ)」の文字からは「松魚(かつを)」の観念が生ずるとし、(3) 本件登録商標「初鰹」の観念は本件引用商標の「かつを」の観念に包含されるとするものである。

しかし、上告人としては、商標の観念の類否を判断する場合、その商標の持つ観念を把握するについて、原審のごとく、商標からいわゆる要部といわれる部分を切り離し、さらにその要部を分析し純化してその観念を抽出する方法は旧商標法第二条第一項第九号(現行法第四条第一項第一一号)の規定の趣旨に添わず、結局右法条の解釈を誤るものと考える。以下その理由を述べる。

(二) 商標の類否の判断上、その観念の異同を考えるについては、商標を構成する語の持つ意義が重要な要素であることは否定し得ないが、意義を唯一の指標とすべきではなく、用語その他それが表現されている態様や見る者に与える印象等をも勘案してこれを定めるのが適当である(同旨高裁昭和三六年(行ナ)第一六二号、昭和三七・八・二八判決)。

換言すれば、商標の有する観念は、決して外観や称呼を切離し、それらと無関係に理解することは適当ではないのである(通説、判例が商標の類否は、外観、称呼、観念を全体的に観察し取引の実情に照らして判断すべきものとするのも、前記の趣旨を含むものである)。

(三) 原審は、「本件登録商標『初鰹』の有する観念は、本件引用商標『松魚(カツヲ)つぶ』の有する『かつを』の観念に内包されるから」、「本件登録商標は本件引用商標に類似する」という。仮りに、「初鰹」の語の意義は、「かつを」の語の意味するものに包含されるとしても、「初鰹」の文字(外観)がこれを見る者に与える印象は、「松魚(カツヲ)つぶ」なる文字(外観)がこれを見る者に与える印象と全く異なっており、この外観上の相違は、それぞれの称呼の完全なる相違と相俟って、右の各商標を構成する語の持つ意義を微妙に彩り、ニュアンスを与えて、それぞれに独自、固有の観念を形成せしめるのである。

『初鰹』なる語は、初夏新緑の候、一般の人人の食膳にのぼる新鮮、美味な鰹を意味するものとして、古くから、われわれ日本人にさわやかな季節感をもって用いられてきた語であることは、顕著なる事実である」とは原審の認定したところであるが、まさしくそのとおりである。さらに「初鰹」の語は俳句の季題に加えられ、古来もののあわれを解するわが国民一般に親まれ、愛されてきたのである。「初鰹」なる語の有する右の観念は、「初鰹」なる文字の若々しく印象的な外観並びに「はつがつを」なる称呼が持つさわやかな語調が文字の意義を彩り、これに独自のニュアンスをあたえているのである。これにひきかえ「松魚(カツヲ)」なる文字からは、鰹節あるいは、単なる「鰹」の観念を生ずるのみであって、それは「初鰹」なる語の持つ前述の鮮麗にして、しかも近親感を覚えしめる観念とは程遠いものである。一般取引者、需要者は、本件登録商標「初鰹」および本件引用商標「松魚(カツヲ)つぶ」を見、または呼ぶ場合、右の両商標の持つ観念を全体として、直観的に理解し、両者の観念の異ることを自然に感じ取ってきたのであって、現実に「初鰹」の商標を付した原告販売の飴菓子が「松魚(カツヲ)つぶ」の商標を付した山西金陵堂または長栄堂山西本店の販売する飴菓子と誤認混同した事実は、かつて一度もないのである(証人山西健次郎、同若原譲の各証言参照)。しかるに原審はことさらに「初鰹」なる語の持つ前述の独自、固有のニュアンスを捨象して、「かつを」なる意義のみを抽出し、本件引用商標の「松魚(かつを)」の観念に内包されるとするのである。

商標の持つ観念を把握し理解するについての原審の右のごとき態度方法は、冒頭掲載の東京高裁の判例の見解と全く相違するものであって、到底首肯することはできない。のみならず、原審が本件登録商標および本件引用商標から抽出した「かつを」という観念はきわめて適用範囲のひろい観念であって、「かつを」、「カツヲ」、「カツオ」あるいは「鰹」の語は、飴菓子を指定商品とする場合においても、特別顕著性なしとして登録を認められないものと考える。仮りに、原審の認定に従い、本件引用商標が「かつを」の観念を有するとしても、このような適用範囲の広い「かつを」の観念について、その意義上の関連性を余りに重視することは、観念類似の範囲を不当に広くして、必要以上に第三者の商標採択の自由を拘束する結果となるであろう(同旨、前掲東京高裁昭和三七・八・二八判決)。

(四) また、仮りに、原審認定のように、本件引用商標「松魚(カツヲ)つぶ」から「かつを」の観念を生じ、本件登録商標「初鰹」もまた「かつを」の観念を有するとして、後者は、前述のとおり新緑初夏の候に漁獲され、食膳にのぼせられる季節の魚として「かつを」一般とは明らかに区別して理解されており、観念の混同を生ずることはない。審決例は、右のように同一種類の観念に属する語であっても、季節によって区別されるものであれば混同されるおそれがないから観念上類似しないとし、ともに第二七類綿糸を指定商品とする「時雨」なる商標と、「村雨」なる商標との観念の類似を否定している(大正一四年抗告審判、大正一四年一二月一五日審決、兼子・染野、判例工業所有権法第四巻七四七頁)。右の審決例の理論によっても、本件登録商標「初鰹」の観念は本件引用商標「松魚(カツヲ)つぶ」の観念に類似しないものといえる。

(五) 次に掲げる登録例は、本件事案にきわめて類似するがともに商標の類似を否定しており、前述の理論が従前永く承認されてきたことを知るに足りるのである。すなわち、

(1)  昭和一〇年三月三一日第四三類飴菓子を指定商品として商標「鯛つぶ」が登録を認められ(甲第三号証の一、二)ついで、昭和一三年一月一三日第四三類菓子及び麺麭類を指定商品として商標「初鯛」の登録が認められている(甲第四号証の一、二)

(2)  昭和一〇年六月一九日第四三類西洋菓子及飴菓子を指定商品として商標「初雪」の登録が認められ(甲第八号証の一、二)、ついで、昭和二六年一〇月一日第四三類菓子及び麺麭類を指定商品として商標「雪印」が登録を認められている。(甲第七号証の一、二)。

第二点

一、本件登録商標は、「土佐自慢初鰹」の六字をもって構成されておりそのうち「土佐自慢」の四字については、権利を要求していない(乙第一号証)。原判決及びそれが認容した特許庁の審決は、ともに本件登録商標の前記構成のうち「土佐自慢」の四字については、それが権利不要求の部分であることを摘示するのみで、これを全く判断の対象から除き専ら「初鰹」の二字につき、引用登録商標「松魚(カツヲ)つぶ」との類否を判断した。しかし「土佐自慢初鰹」なる文字は、その字面(外観)において、また語調(称呼)において、これを見る者、また呼ぶ者にきわめて自然な一体感を覚えしめる。また、その意義は「土佐地方の自慢である初鰹」として何人にも少しの抵抗を感ずることなく受け入られるものである。これは、暖流に乗って北上する鰹が土佐地方において最も早く水上げされ、他の地方にさきがけて初鰹として珍重され、賞味されてきた歴史、事実を国民一般がよく知っているからである。

本件商標においては、外観、称呼、観念において「土佐自慢」の語がよく「初鰹」の語を強化し、見る者、呼ぶ者、また聞く者に強く印象づける要素を具え、重要な識別力を持っているのである。このような場合には、たとえそれが権利不要求の部分であっても、商標の類否判別に際して除外すべきではないと解する(同旨、大審昭和一六・八・二九判決、昭和一五年(オ)第一五五五号、法学一一巻五二六頁)。

原判決は、右の点において商標類否の判断を誤ったものというべきである。

上告代理人工藤吉正の上告理由〈省略〉

上告代理人福田為勝の上告理由

第一点〈省略〉

第二点

(1)  商品飴菓子については普通に用いられる方法で表わした鰹、カツオ等の文字又は図形に対しては特別顕著性は認められないことは特許庁の審査例に徴しても明らかである。(「甲第十一号証の一」参照(引用商標は「松魚」の文字に「カツオ」の振仮名があり例え「カツオ」と称呼されても「松魚」の特種文字で登録になったものであることは自明の理である。

判決は観念の類似の一点に絞って判断を下しているが、かかる観念が被上告人の独占すべきものでないことは次の商標出願公告例に徴しても容易にうなずけられることである。

商標出願公告昭三二-一七八五三号(参考資料一号参照)は「メロンを加味した菓子及びパンの類」を指定商品として、「目論(めろん)」が出願公告に成って居る。

旧商標法第八条第一項に「普通に使用せらるゝ方法を以て自己の氏名名称若くは商号又は其の商品の普通名称、産地、品位、品質、効能、用途、製法、時期、数量、形状若しくは価格を表示するものに及ばず」の規定がある。即ち前記公告の商標中「メロン」及び、「めろん」の文字は普通の方法で表わされていないので公告になったものである事は容疑の余地もない。

(2)  この外にもこれに類する公告例はある。

(イ) 昭和二十三年商標出願公告第一二三〇三号「庵子(あんこ)」指定商品旧第四十三類菓子及びパンの類(参考資料二号参照)

(ロ) 昭和三十二年商標出願公告第四八六一号「昆布餅」指定商品旧第四十三類昆布入り餅(参考資料三号参照)

(ハ) 昭和三十二年商標出願公告第七三五三号「おらんだ」(参考資料四号参照)

(3)  なお「参考資料五号」は願書番号意願昭四〇-三二八八号で目下特許庁に出願繋属中の包装容器の意匠を表わす写真であって、本件商標「初鰹」を該意匠に表わして新鮮なムードをかもし出している。

(4)  原判決は旧商標法第二条第一項第九号の規定の法意を誤り、商標類否の判定並に採証の法則に違背したものである。

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